「逃げ得許さない」宙の会が殺人未遂・死亡ひき逃げの時効廃止を国に要望【2025年3月】
2025年3月7日、殺人事件被害者の遺族らでつくる団体「宙(そら)の会」が東京都内で記者会見を開き、殺人未遂罪や死亡ひき逃げ事件における公訴時効の廃止を国に求めていく方針を明らかにした。「逃げ得を許さない」——この言葉には、長年にわたって司法の壁と闘い続けてきた遺族たちの切実な思いが込められている。殺人罪の時効が廃止されてから15年以上が経過した今、なぜ同じく命に関わる重大犯罪に時効が残っているのか。遺族たちの訴えは、私たちの社会に突きつけられた重い問いかけである。
事件の全体像
今回の記者会見は、宙の会の小林賢二代表(79歳)が中心となって行われた。小林さんは1996年(平成8年)9月、当時21歳だった次女・順子さんを殺害された遺族だ。会見には、1999年(平成11年)に発生し、昨年ようやく容疑者が逮捕された名古屋市の主婦殺害事件の遺族である高羽悟さん(69歳)も出席した。
宙の会が今回掲げた要望は多岐にわたる。最も核心的なのは、殺人未遂罪と死亡ひき逃げ事件に対する公訴時効の廃止だ。現行法では、殺人罪(既遂)については2010年の刑事訴訟法改正により時効が廃止されたが、殺人未遂罪には依然として25年の時効が存在する。死亡ひき逃げについても同様に時効がある。
小林代表は会見で「殺人罪などの公訴時効廃止から15年以上が経過した」と指摘し、同じく生命に関わる重大犯罪である殺人未遂や死亡ひき逃げに時効があるのは「国民の意識としては大いに違和感を抱く」と述べた。この言葉には、被害者遺族として長年訴え続けてきた経験が凝縮されている。
さらに宙の会は、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する民法の除斥期間についても問題提起した。加害者が逃げ続ければ、被害者は損害賠償すら受けられなくなる。これこそまさに「逃げ得」ではないか——そんな怒りの声が会見場に響いた。

被害の実態と手口の詳細
公訴時効という制度が、被害者遺族にどれほどの苦しみをもたらしているか。その実態を理解するには、未解決事件の現場で何が起きているかを知る必要がある。
殺人未遂事件の場合、被害者が一命を取り留めたという「幸運」が、皮肉にも加害者の「逃げ得」を許す結果につながることがある。例えば、執拗な暴行により瀕死の重傷を負わせた犯人が逃走した場合、被害者が生き延びれば殺人未遂罪が適用され、25年で時効を迎える。一方、被害者が死亡すれば殺人罪となり、時効はない。この差は果たして合理的だろうか。
死亡ひき逃げ事件においては、さらに深刻な問題がある。交通事故で人をはねて死亡させ、救護義務を怠って逃走した場合、危険運転致死罪や過失運転致死罪が適用されるが、いずれも時効がある。遺族は犯人が見つかるまでの間、いつか時効が成立してしまうのではないかという不安と闘い続けなければならない。
近年の重大事件を振り返っても、被害者や遺族が司法制度の限界に直面するケースは少なくない。大津保護司殺害事件で無期懲役判決「無差別殺人と同等」地裁が厳しく指摘されたように、命を奪う行為に対して司法がどう向き合うかは、社会全体の問題である。
宙の会が要望に盛り込んだ「代執行制度」も重要なポイントだ。現状では、加害者が損害賠償を支払わずに逃げ続ければ、被害者側は泣き寝入りするしかないケースが多い。国が一旦立て替えて被害者に支払い、その後で加害者から回収する仕組みがあれば、少なくとも経済的な「逃げ得」は防げるはずだ。
背景にある社会問題
そもそも、なぜ公訴時効という制度が存在するのだろうか。法的には、①時間の経過により証拠が散逸し、公正な裁判が困難になる、②社会の処罰感情が時間とともに薄れる、③犯人にも「更生の機会」を与える、といった理由が挙げられてきた。
しかし、これらの理由は現代においてどれほど説得力があるだろうか。DNA鑑定技術の飛躍的な進歩により、数十年前の事件でも科学的証拠によって犯人を特定できるケースが増えている。宙の会が要望に盛り込んだ「性別や年齢幅などを表すDNA情報の活用」は、まさにこの技術の進歩を司法に反映させようという試みだ。
名古屋市の主婦殺害事件が25年以上を経て昨年ようやく容疑者逮捕に至ったことは、時効廃止の意義を示す象徴的な事例だろう。もし殺人罪に時効が残っていれば、この事件は永遠に闇に葬られていたかもしれない。
一方で、殺人未遂や傷害致死といった「被害者が生き延びた」または「殺意の立証が困難な」事件では、依然として時効の壁が立ちはだかる。道頓堀殺傷事件の全容|17歳少年3人襲撃で21歳男を殺人未遂で再逮捕へという事件でも、殺人未遂罪の適用が焦点となった。もし犯人が逃走していれば、25年後には時効を迎えていた可能性がある。
被害者支援の観点から見ると、日本の制度はまだまだ不十分と言わざるを得ない。犯罪被害者給付金制度は存在するものの、その金額は被害の実態に比べて十分とは言えない。加害者からの損害賠償が期待できない場合、遺族は経済的にも精神的にも追い詰められることになる。
「命の大切さを学ぶ教育の充実」という要望も、宙の会が掲げた重要な柱だ。犯罪を未然に防ぐためには、幼少期からの教育が欠かせない。しかし現実には、学校教育において「命」や「人権」について深く学ぶ機会は限られている。
捜査・裁判の現状と今後の展開
宙の会の要望は、今後どのような形で国に届けられるのだろうか。会の方針によれば、法務省や国会議員への働きかけを通じて、刑事訴訟法や民法の改正を求めていく見通しだ。
過去の経緯を振り返ると、2010年の殺人罪等の時効廃止も、被害者遺族団体の粘り強い活動が実を結んだ成果だった。当時も「証拠の散逸」「処罰感情の減退」といった反対論があったが、最終的には「被害者の人権」を重視する世論が後押しした。
ただし、今回の要望が実現するまでには、いくつかの障壁がある。殺人未遂罪の時効廃止については、「殺意の有無」という微妙な判断が絡むため、法的な整理が必要だ。また、死亡ひき逃げについては、「故意犯」と「過失犯」の区別をどうするかという問題もある。
保護司殺害事件で無期懲役判決「反省感じられない」大津地裁が断罪したように、裁判所は重大犯罪に対して厳しい姿勢を示す傾向にある。この流れは、時効制度の見直しに向けた追い風になるかもしれない。
民法上の除斥期間(20年)の見直しについては、2020年の民法改正で一部変更が加えられたが、依然として被害者保護の観点からは不十分との指摘がある。損害賠償請求権の起算点や期間について、さらなる議論が必要だろう。
DNA情報の活用拡大については、プライバシーの問題との兼ね合いが焦点となる。性別や年齢幅などの「表現型」情報をデータベース化することには、濫用の危険性を懸念する声もある。しかし、未解決事件の被害者遺族にとっては、真相解明への切り札となりうる技術だ。
私たちが身を守るためにできること
公訴時効の問題は、一見すると「自分には関係ない」と思われがちだ。しかし、誰もが犯罪被害者やその遺族になる可能性がある以上、決して他人事ではない。
具体的に私たちができることとして、以下の点が挙げられる。
・被害者支援団体の活動に関心を持ち、署名活動や寄付などで支援する
・地元の国会議員に対して、時効制度の見直しについて意見を伝える
・犯罪被害者週間(11月25日〜12月1日)などの機会に、問題について学ぶ
また、日常生活における防犯意識を高めることも重要だ。水戸ネイリスト殺害事件、車とぬいぐるみに発信機|男をストーカー容疑で再逮捕という事件では、ストーカー被害が殺人につながった。早期に警察や専門機関に相談することで、最悪の事態を防げる可能性がある。
ストーカーやDV被害に遭った場合の相談先としては、警察の相談窓口(#9110)や、各地の配偶者暴力相談支援センター、民間のシェルターなどがある。「大げさかもしれない」とためらわず、不安を感じたら相談することが大切だ。
交通事故の被害に遭った場合も、泣き寝入りせずに法的な手段を講じることが重要だ。弁護士費用特約のついた自動車保険に加入しておけば、ひき逃げ被害に遭った際にも専門家のサポートを受けやすくなる。
そして何より、社会全体として「逃げ得を許さない」という意識を共有することが求められる。犯罪者が逃げおおせることで得をするような社会であってはならない。被害者やその遺族が正当な補償を受け、真相が解明されることは、民主主義社会の基盤でもある。
姫路バー襲撃事件でトクリュウ男7人逮捕 25歳男性が頭部殴打・背中刺され重傷という事件のように、組織的な犯罪に巻き込まれるリスクも存在する。繁華街での行動には注意を払い、トラブルに巻き込まれそうな場面からは速やかに離れることを心がけたい。
まとめ
宙の会が国に求めた要望——殺人未遂罪や死亡ひき逃げ事件の公訴時効廃止、代執行制度の確立、DNA情報の活用拡大、そして命の大切さを学ぶ教育の充実——は、いずれも被害者の視点に立った切実なものだ。
小林賢二代表をはじめとする遺族たちは、自らの悲しみを乗り越え、同じ苦しみを味わう人を一人でも減らすために声を上げ続けている。彼らの活動は、単なる「私怨」などではない。より公正で安全な社会を実現するための、私たち全員に向けられた問いかけなのだ。
「逃げ得を許さない」——この言葉を、私たちはどう受け止めるべきだろうか。犯罪被害は決して他人事ではない。明日、自分や家族が被害者になる可能性は誰にでもある。その時、加害者が逃げおおせることを許す社会であってよいはずがない。
宙の会の要望が一日も早く国会で議論され、法改正につながることを願ってやまない。それこそが、理不尽に命を奪われた被害者への、せめてもの供養になるのではないだろうか。
